1 公務員職権濫用罪(193条)

(公務員職権濫用)

  193条 公務員がその職権を濫用して,人に義務のないことを行わせ,又は権利の行使を妨害したとき

          → 2年以下の懲役または禁錮

 「公務員職権濫用罪」は,「公務員がその職権を濫用して,人に義務のないことを行わせ,または権利の行使を妨害する」という罪です。   

       (1) 主 体

 本罪の主体は,「公務員」です(真正身分犯)。

       (2) 客 体

 本罪の客体は,「人」です。その範囲について制限はありません。

       (3) 職権の濫用

        ア 職 権

意 義

 「職権」とは,当該公務員の一般的職務権限をいいます。

 現実に職務権限があることが必要であり,権限があるように見えるというだけでは足りません。

 ただし,法令上の明文の根拠規定は必ずしも要しません。

職権の性質

 「職権」の性質をいかに考えるかについては争いがありますが,一般的職務権限に属する行為が本罪の結果を生じさせることが可能なものを意味することからすれば,法律上の強制力を伴うものであることは要せず,濫用された場合に,相手方をして,事実上,義務のないことを行わせ,または権利の行使を妨害するに足りる権限(相手方に対して,法律上・事実上の負担ないし不利益を生じさせるに足りる特別の権限)をいうものと解されます(特別権限説,後掲最決昭57・1・28,後掲最決平元・3・14,大谷・中森・山中・前田・高橋・伊東・山口など通説)。

   ※ 強要罪(223条)と文言が共通していることから,相手方の意思の制圧の要素を含む強制的な権限でなければならないとする見解(強制的権限説,大塚・内 田・川端・斎藤)や,他方で,一般的職務権限に限定を加えない見解(一般的権限説,曽根・西田)も有力です(山中参照)。

判 例

 判例は,裁判官が,正当な目的による調査行為を仮装して,刑務所長に資料の閲覧等を求めることは,刑務所長に特段の支障ないかぎり応ずべき事実上の負担を生じさせるとして,裁判官の一般的職務権限に属するとしています(前掲最決昭57・1・28<宮本身分帳事件>)。

 また,裁判官が,私的な交際を求める意図で,自己の担当する女性被告人を喫茶店に呼び出し て同席させた行為について,(被告人に出頭を求めることは裁判官の一般的職務権限に属するところ)被害弁償のことで会いたいと言うなど職権行使の外形を備 えていないとはいえず,呼出しを受けた当人をして裁判官が権限を行使して出頭を求めたと信じさせるに足りる行為であるとして,本罪を構成するとしました (最決昭60・7・16<小倉簡裁事件>)。

        イ 濫用行為

意 義

 職権の「濫用」とは,公務員が,一般的職務権限に属する事項につき,職権行使に仮託して,実質的・具体的に違法・不当な行為をすることをいいます(前掲最決昭57・1・28)。

相手方が職権の行使と認識できるものに限られるか

 濫用行為については,A.構成要件の類似から強要罪(223条)と同様に,相手方の意思に働きかけ,影響を与えることが必要であるとして,相手方が職権の行使と認識できるものに限られるとする見解もあります(強要罪モデル,東京高決昭63・8・3,内田・川端・斎藤)。

 これに対して,B.本罪は,国民に対し法律上・事実上の不利益を生じさせる特別の権限を与 えられている公務員が,その権限を濫用して国民の利益を侵害した場合を処罰し,もって公務の適正と個人の利益を保護しようとするものであるとして,相手方 の認識にかかわらず,国民の利益を侵害するような権限の不法な行使が認められるかぎり,濫用行為があるといってよいとするのが現在の多数説です(非強要罪 モデル,大谷・曽根・山中・前田・高橋・山口,最決昭38・5・13※※参照)。この立場からは,相手方に気づかれず,密かに行う場合でも,濫用行為となりうることになります。

   ※ 「強要罪において相手方の意思の自由の制圧が要件となるのは,その手段が暴行・脅迫であることによるものであるから,本罪についても同様に解すべき必然性はない」と考えるわけです(西田)。

   ※※ 上記最決は,「和解調書の正本には土地を執行官の保管に付する等の条項がないのに,執行官が,和解調書の執行として『本職これを占有保管する』旨の虚偽の 記載をした公示札を土地上に立てたときは,その土地がたまたま第三者に属し,公示札表示の土地と異なるものであっても,公務員職権濫用罪が成立する」とし たものです。

共産党幹部宅盗聴事件

 判例は,警察官による電話盗聴の事案に関して,「何人に対しても警察官による行為でないことを装う行動がとられていた」として,警察官に認められている職権の濫用があったとはいえないとしています(最決平元・3・14)。

   * この判例に関しては,A.強要罪モデルと解しているとの評価もありますが(斎藤),原審(前掲東京高決昭63・8・3)が「相手方の意思に働きかけ,影響 を与えることが必要」であるとしたのに対して,これを「不可欠の要件」ではないとしており,A説自体を採用しているわけではないといえます(山口『問題探 求』参照)。

     なお,判例の結論 に対しては,B説を採る立場からは,批判が加えられています。たとえば,前田教授は,「(上記判例によれば)警察官であることをなんらかの形で表示しなけ れば『法律上,事実上の負担ないし不利益を生ぜしめる』ことができないことになる。……しかし,警察官だからこそ行える職務で,しかもそれを密かに行うこ とにより事実上の不利益が生じる場合は十分考えられるはずである。」と指摘されています。

   ※ なお,現在では,警察官による不正な盗聴は,「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律」(通信傍受法)により処罰されることになっているので(同法30条),公務員職権濫用罪が認められなくても不都合は乏しくなったとされます(斎藤)。

       (4) 結 果

結果犯

 本罪が成立するためには,職権濫用行為の結果として,現に人が「義務のないことを行わせ」られたこと,または「権利の行使を妨害」されたことが必要です。

義務のないことを行わせたこと

 「義務のないことを行わせ」たとは,法律上まったく義務がないのに行わせたことのほか,一応義務がある場合にその態様を変更して行わせたことを含みます。たとえば,義務の履行期を早めさせたような場合です。

権利の行使を妨害したこと

「権利の行使を妨害」したとは,法律上認められている権利の行使を妨害したことです。